1. 「新システムで快適な業務を開始する」ための移行
今年も、進学・転勤などにともない、新生活に向けて引っ越しが始まるシーズンになってきました。
新しい部屋を決め、引っ越し業者を手配し、お世話になった人へのあいさつを済ませ・・・・。
短い期間でドタバタと行うこの時期の引っ越しには、多くのトラブルが潜んでいます。引っ越し業者が新居に到着したのにカギが開いてなかった、段ボールに入れたはずのものが入っていなかった。
やれやれとホッと一息ついてお茶を入れようとしたらガスが開栓していなかった。
さまざまな想定外の出来事が発生したり、予想していた以上に時間がかかったりという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
システムの移行も、実生活での引っ越しと同じように想定外の出来事が発生したり、予想以上に時間がかかったりするというトラブルに見舞われます。
特に、システム開発の規模が大きい場合や、複数のベンダーが参画するシステム開発になると、沢山の引っ越し業者やお手伝いがいる引っ越しになるため、さまざまなトラブルが起こりやすくなります。
実生活の引っ越しで失敗しないためには、事前の準備が重要です。これと同じように、システム開発の引っ越しも事前の準備がとても大事です。
今回の連載では、新システムを利用した快適な業務のスタートを迎えるための、情報システムの移行における事前準備のポイントについてお伝えしていきます。
1. 「新システムで快適な業務を開始する」ための移行
先ほどお伝えしたように、システムの引っ越しは「移行」や「情報システムの移行」と呼ばれます。
移行とは、簡単に言うと、「旧システムのデータなどの資源を新システムに移し替え、新システムの利用に切り替える作業」のことです。
ここでいう資源とは、データの他にも、サーバーや端末などの機器、システムの稼働や利用に必要な知識なども含まれます(図1)。
移行には、さまざまなトラブルが付きまといます。稼働初日の朝になって、端末にログインできない、帳票が出力されない。旧システムからデータが引き継がれていなかった。
予定していない処理が走ってしまいデータがおかしくなってしまった・・・開発工程まで順調に進んできたシステム開発プロジェクトも、最後の難関である移行に失敗してしまうと、今までの苦労が水の泡になってしまいかねません。
1.1 4種類の性格の異なる移行
情報システムの移行は、移行する対象で区別して(1)システム移行、(2)データ移行、(3)システム運用移行、(4)業務移行の4種類の性格の異なる移行があると捉えるとわかりやすくなります。
(1)システム移行
システム移行とは、サーバー機器や端末、ネットワークやプログラムなどの資源を旧システムから引き継いで、または、入れ替えることにより、新システムで利用可能となるようにする作業です。利用が終了した旧システムの資源を撤去することも含みます。
(2)データ移行
旧システムに保存されているデータベースやファイルなどに格納されたデータを新システムに移し替える作業です。データの移し替えにあたり、不要なデータの除去や形式の変換などの作業も含まれます。
また、新システムの構築にあたり、これまで手作業だった業務をシステム化する場合は、紙でしか存在しない情報をデータ化する作業が発生することもあります。
(3)システム運用移行
情報化部門あるいはシステム運用業者が実施する、オンライン時間の延長などの設定作業や、端末故障時の対応などのシステムの維持管理に必要となる作業のうち、新システムでも同様の作業が必要なものについて、新システムでも問題なく作業が実施できるように引き継ぐ作業です。
また、新システムで新たに発生する運用について、システム稼働後速やかに実施できるように、運用手順書を整備するなどの準備を行う作業も含まれます。
(4)業務移行
システムの利用者である業務所管部門の職員が、新システム稼働後にシステムを使って業務をスムーズに行えるようにするための作業です。
新システムを利用するにあたっての、申請書のレイアウト変更や印刷に必要な専用紙の手配といった作業などがあげられます。
また、システム稼働に向けたシステムの操作研修や操作マニュアルの作成といった作業も含みます。これは、講義型の研修だけでなく、システムを利用場所に先行設置して自習できるようなシステム環境づくりの作業も含みます。
1.2 移行で漏れを無くすのはとても大変
移行で発生するトラブルは、大きく移行中のものと移行後のものの二つに分けられます。
移行中のトラブルは、移行作業自体が思うように進まず停滞し、移行による切り替えが間に合わなくなってしまうということに繋がります。
週明けから新システムで業務を進められるように、週末に移行を実施したところ、移行中のトラブル対応に想定以上の時間がかかってしまい、業務開始に間に合わなくなってしまう、といったことなどがあります。
移行後のトラブルは、いざ業務を始めようとすると、動かない、足りないということに気づくというものです。例えば、帳票を出力しようとしたら印刷されない、必要な用紙の準備がされていなかった、ユーザーが操作を理解できていなかったといったことなどがあります。
いずれのトラブルも原因をひとことで言えば、想定やそれを元に作成した計画が漏れていたことによります。
よく考えて計画していれば避けられることだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そう簡単ではありません。
実生活でも、思っていた以上に部屋が結露しやすい、隣の部屋からの音が響くといった、引っ越して生活をはじめてからわかることがあるように、情報システムの移行でも、思っていたよりもバッチ処理の負荷が高くて時間が掛かるなど、想定し切れないところが出てきます。どれだけ想定して手を打ったとしても、完全に無くすことができないということが情報システムの移行で難しいところです(図2)。
しかし、完全にリスクを無くすことは難しいと言いながらも、大きな観点として漏れが起きやすい箇所というのもあります。
例えば、先にお伝えした4種類の異なる移行において、新システムで快適な業務を開始するための視点に立つと、(3)システム運用移行や(4)業務移行も移行の対象として検討されている必要がありますが、ベンダーに移行計画を任せてしまうと、(1)システム移行、(2)データ移行といった、機器の入れ替えやデータの移し替えの作業のみの検討に留まってしまいがちとなります(表1)。
また、情報システムの移行においては、漏れを防ぐ強力な方法があります。
それはリハーサルです。本番に可能な限り近い形で練習をすることによって、漏れを事前に見つけ出すことができるのです。
このように、情報システムの移行はどんなに想定しても完全に漏れをなくすことは難しいという特徴がありつつも、慎重に計画することやリハーサルを実施することで、新システムで快適な業務を開始するレベルの移行を実現することができます。
次節ではまず、移行の漏れに備える4段階の対策についてお伝えします。
また、この4段階の対策は、先に4種類の移行の性格によって、それぞれ気を付けておくべきポイントが異なってきます。
そこで3節では、私たちの経験から、移行の種類ごとに押さえておくべきポイントについてお伝えしていきます。