3 発注者主導を取り戻すシステムの再構築への転機

3 発注者主導を取り戻すシステムの再構築への転機

3.1 システム再構築へ、迫られる決断

平成17年1月18日、あるTV番組を見た市長から情報システム部門に急な呼び出しがありました。その番組 とは、NHKの「クローズアップ現代」です。

「自治体 VS ITゼネコン」というタイトルで、自治体の情報システムは「ITゼネコン」と呼ばれる大手コンピュータメーカー数社が独占しており、自治体は高額な保守・改修費用を払わされている・・そのような趣旨の報道でした。

「ITベンダーに食い物にされていないか?」

市長から問われたことは「札幌市はITベンダーの食い物にされていないのか?」というものでした。この市長の問いが、その後、現在まで進んでいるシステム再構築へと向かう大きな転機となります。

市長からの問いに対し、情報化部門としてのこれまでの費用削減の取組経過を説明し、「ITベンダーは真摯に対応しているし、情報化部門も管理をしっかりやっています」という説明をしました。

しかし、それを聞いた市長は「ITのことは詳しくないが、随意契約が続いているのはおかしいと思う」という反応を示します。

そして、「作ったところと随意契約するのではなく、入札によりさまざまな企業が参加できるようにしたい。」

さらに、「札幌はIT企業が多いので、地元の多くのIT企業が開発に参加できるようにしたい」
という2つの強いメッセージを受け取ることになります。

「オープン化は費用対効果があるのか?」

メッセージを受け取った当初は、システムを安定的に運用しなければならない情報化部門という立場から、組織全体が「オープン化という流行語に振り回されてはいけない。」という慎重な雰囲気でした。

「オープン化はメリットだけでなく、莫大な費用もかかるうえにリスクも大きい。また、メリットと言われる費用削減効果は札幌市では既に費用削減の取組みをやってきた経緯があり、開発費を回収できるような効果は期待できない。」

当初は市長に対しこのような趣旨の説明を繰り返していました。

しかし、その後も定期的に市長に報告する機会が設けられ、その度に繰り返し同じことを問われます。すると、これまでの「難しい」というスタンスから「どうすればできるか」ということを考えるように、少しずつですが組織の雰囲気が変わっていきました。

そして、情報化部門で再構築検討チームを立ち上げ、本格的な検討を行うことになりました。

「再構築ありきで考える」

パッケージを活用したケース、ストレートコンバージョンのケース、共通基盤を構築したケースなど、他市の事例を扱った経験があるベンダー各社に再構築検討の提案を依頼します。

そして、各社の提案の中から札幌市でも実現可能性の高い内容について検討業務を発注し、具体的な調査検討を行いました。
その結果をベースに、再構築の手法、規模やスケジュール、費用などを整理し、これらを複数の検討案として作成していきました。

また、外部有識者の意見を聞くという趣旨で「札幌市汎用電子計算機システム検討委員会」を設置し、作成した検討案についての意見と、これからの自治体情報システムのあるべき姿について提言を頂きました。

本格的な調査検討を行ったことで、札幌市の基幹系システムは老朽化・複雑化が著しいだけでなく稼働限界が迫っていることが判明します。

有識者の提言もあり、再構築事業の実施が一気に進むことになります。

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3.2 求めていた解との出会い

「AIST包括FWとの巡り合い」

再構築事業への流れの中には、もう1つの大きな出来事があります。
それは、AIST包括FWとの出会いです。

開発元である国立研究開発法人産業技術総合研究所(英語略称は、AIST)と札幌市の他部局との間でやりとりがあったことから、その縁で紹介を受けることになりました。

ちょうど本格的に再構築の検討をはじめていた頃だったこともあり、紹介を受けたときは「まぁ聞いてみようか」という程度のスタンスでした。
しかし、説明を一通り聞いたとき、「これだ!」というひらめきのようなもの、今までモヤモヤしていたものが一気に晴れ、進むべき方向が見えた感じがしました。

「ベンダー用の開発フレームワークとのギャップ」

開発のフレームワークそのものは世の中に沢山存在し、自社独自のものを持っている大手ベンダーも沢山あります。
私たちは再構築の検討過程でいくつかのフレームワークを調査、実際にプロトタイプ的に検証もしていました。

しかし、これらのフレームワークは、発注者と受注者という役割分担がなされる前提ではなく、さらに、使いこなすためにはITに関する高度な知識・経験が必要となるなど、自治体職員からみたときには、採用にハードルが高いものでした。

また、特定ベンダーのものを採用すると、そのベンダーや関連会社以外の地元の中小企業も参入できるようにするという目的に適合させるのが難しいと感じました。

「非専門家にも利用者主導ができるしくみ」

AIST包括FWは、非専門職員でも利用者主導の開発が実現できることを目的として開発され、発注者側が備えるべき標準を具体化したものでした。

フレームワークと聞くと、プログラマが開発生産性を上げるための機能群のようなイメージを持つことが多いかもしれませんが、ここでいうフレームワークはそれだけではなく、要件定義から開発までの実施しなければならない作業や、作成するドキュメントの種類や書き方までも規定しています。

AIST包括FWにより、発注者側でも開発作業や成果物を理解することが可能となり、なかで主体的に情報システムの管理ができるようになる。実際に自治体で採用された事例もあるとのことでした。

(1)自治体職員でも内容を理解し使いこなせること
(2)特定のベンダー以外(特に地元IT企業)が入札により参入し、開発・保守が可能となること。

この2つの目的を考えた時にAIST包括FWの採用が最適であると考え、このFWを活用したシステム再構築を行うことにしました(注1)。

「グラスボックスなら解決できる」

システムのブラックボックスを解消する方法は、専門知識が必要だが設計情報がすべて開示されていて、中身が詳細に把握できる「ホワイトボックス」だけでなく、専門知識がなくても利用できるというブラックボックスの利点とホワイトボックスの利点の双方を備えた「グラスボックス」というどちらでもない考え方が存在する。

AIST包括FWに出会ったことで、私たちが確信と具体策を持てないでいた「職員がベンダーと同じ技術を持たなくても管理できる手法」に出会うことができたのです。

※注1 札幌市では、分割発注により地元IT企業の参入を促したいということや、運用保守段階においても継続して入札により受託者を決めたいという目的があったため、再構築と並行して産総研と共同研究を実施し、AIST包括FWを拡張したAIST包括FW札幌市版を利用しています。